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三井式温熱療法の誕生

書籍の冒頭にあたる「はじめに」には、教職32年を経て60歳になり、昔から医学に興味を持っていたことから東洋鍼灸学校に入り国家資格である指圧師になったとある。

医業類似行為である指圧師は医療行為としていろいろと制限があることから、傷をつけないで、薬を使用せずに病気を治すことを考え出さねばならない。もともと温熱療法を家庭で習っていて効果も大きかったことからこれを主として、学習してきた知識や技能をアレンジし、自分なりのテクニックを見出したのである。   書籍より引用

これが三井式温熱療法のはじまりか。

自分は医者ではなく、指圧師という医療類似行為者である。でもなんとか治したいと思う人間が、医者と同じ方法は使えないという制限の中で見出したのが温熱という手法だったのだな。

幸運なことに私は三井とめこ氏が温熱治療をする姿を何度も目にすることができた。

一挙一動が当時の私にとっては一瞬たりとも目が離せない瞬間だった。

しかし実際に目に映る姿形よりも圧倒されたのは、人を治したいという凄まじい思いが籠もる一人の人間、。三井とめこ氏の気迫だった。

すでに年齢は86歳。普段はどこにでもいそうなやさしいおばあちゃんの顔が厳しい表情に豹変する。

先生(三井とめこ氏)は治したいんだな。自分が診た人はぜったいに治したいんだな。初代温熱のプロである。

ある宗教の本に癌は四十五度位の熱に弱いと書いてあった。幸い私のところは熱治療が主なので、あの手この手の手法を使って肉体を壊さないようにしながら、熱を体の中に注入することをマスターした。  書籍より引用

あの手この手の手法とは

「難病に克つ」は、約30年も前の書籍である。

このときすでにガンが45度位の熱に弱いという情報があったということにも驚きだが、あの手この手を使って45度程の熱を体内に入れようと考えるところが常人の発想じゃない。しかもその行為が肉体を壊す(火傷のことか?)リスクがあることを承知で自分なりに工夫したのだ。

その工夫とは何なのか。

晩年の先生(三井とめこ氏)の治療を思い返してみるといろいろと見えてくるものがある。

まずは機器の話ということになる。最初の頃は何かの器具を改良して使っていたようだ。かなり温度が高かったらしく一説によると90度近い温度の機器を治療器具として使用していたようだ。

私がお会いしたときはすでに三井温熱株式会社(当時は有限会社)の製造した熱機器を使用していた。(機器の正式名はM1-01)

この機器は私も使用していたが最高温度は86度ということで皮膚に直接当てることなどはできない。この機器については先生は温度が足りないという不満があったということだが、本人が本当にそう言ったのかどうかはわからない。

日本手拭(てぬぐい)というものをご存知だろうか。

写真に写っているのは高級な浴衣生地(ゆかたきじ)で、私が生地にこだわっていた時期に購入したものだ。

現在私が勤めている東京の浅草にはお土産や贈り物に使う少し高級な手拭いなどを扱う店もあるが、先生が使っていたものは高級な感じではなく一昔前の日本の家庭にはたぶんあったんじゃないかと思われる擦り切れたような使い古した代物だった。

治療に使用したものといえば熱機器(M1-01。一般的には温熱器と呼ばれている)と日本手拭いだけである。

86度の熱機器と手拭い一枚を介して人間に熱を入れるとすれば最初の関門は肌(皮膚)ということになる。

例え表面温度86度の熱機器でも手拭いを介せば最初に触れた温度は40度位だ。これなら火傷はしない。

生理学に当てはめると、皮膚は約43度の温度を痛み(熱さ)として脳に認識させるセンサーを持っているのでそれ以上の熱刺激が皮膚に与えられたら熱いという声を発したり逃げたりするので火傷はありえない。

しかし実際の温熱治療はそんなものではなかった。

三井式温熱療法では皮膚のいろんな場所に熱器具をあてることにより他とは違う熱さを感じるところを治療点とする。そこが病の根本の原因なのだという先生の確信による診断なのである。

温熱療法を受ける患者さんが発する「熱いという言葉」で治療点を教えてくれるのだ。

その瞬間先生はその場所に何度も熱刺激を加えた。私が見た患者さんの熱がりかたの様子からこれは生理学的にみた推測に過ぎないんだけれど、おそらく45度から48度位の温度だと思う。

充分な熱刺激だ。そして何度も続ければ皮膚に加わる温度は時に50度を超えることもあり場合によっては火傷をする。

あの手この手の手法とは火傷を回避するために、そして病気を治すためにその皮膚の治療点に何度も熱刺激を与えるための温熱テクニックなのではないかと思っている。

現に私もそのための手法(テクニック)に磨きをかけてきたというのもあるし実際の先生の治療も火傷の危険を回避しながら熱を入れきるという手法に満ち満ちていたと思えるのだった——-

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