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三井温熱療法協会

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三井温熱療法の始まり


三井温熱の歴史を語る上で、切っても切れない二人の「母」の存在があります。

三井温熱を療法師として「体現」した
故・三井兎女子(みついとめこ)氏。[写真・右]
フロントパーソンとして三井温熱を「表現」した
高木幸江(たかぎゆきえ)。[写真・左]
※高木は三井温熱株式会社の創業者であり代表。
三井温熱の母「三井兎女子氏、高木幸江氏」

二人はそれこそ、「比翼の鳥」に例えられるような信頼関係で結ばれていました。
それは、本当の意味での「二人三脚」であり志を同じくした、まさに「同志」であったといいます。
去る2001年、その志半ばにして三井 兎女子がこの世を去りました。
二人の母の間にあった約束。そのカタチ。
それが今の「三井温熱株式会社」そのものなのです。

三井兎女子プロフィール

三井温熱の母のひとり、三井兎女子氏 山梨女子師範学校卒、教職者として32年間を過ごす。
60歳にして医療の道を志し東洋鍼灸学校に入学。
指圧師の国家資格を取得。
1978年、温熱療法を確立、治療院『丼龍堂』を開設。
以後、23年にわたって難病・重病の治療に傾倒。2001年、享年86歳にて逝去。

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温熱器が無かった時代。初めは○○を代用した温熱治療だった。

温熱に辿り着くまでは、指圧とテルミー療法をあわせた治療を行っていました。
やがて、ガンをはじめとした難病・重病を抱える方々が増えていくにつれ、身体を温めることにより治癒力が高まる効果に注目しました。

「どうやって身体に熱をとどめればよいか」

試行錯誤の末、理容で用いるアイロンパーマの器具を代用し、熱過ぎるほどの温度で身体に熱を与えはじめました。
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単に全身を温めるのではなく、常に点と点を移動しながらの熱刺激。
時には心地よく、時には思わず声をあげてしまうほどの熱さをともないますが、その後の反応や経過をみたとき驚くほどの手応えを感じたといいます。
この反応を「アチチ反応」と呼び、この熱入れの過程を「注熱」と名づけました。
あるときその注熱は一つの結果にたどり着きました。

自律神経の「乱れ」が病気の原因であると仮定したとき、その「乱れ」を正すことこそが人のもつ治癒力を高めるということ。
ただでさえ「病」は心に大きな負荷をかけます。
その負荷は「ストレス」となり、身体は交感神経が過敏に傾いてしまいます。その身体に最も効果的なのは、決して「ぬくぬく」とした熱ではなく、思わず「アチチ!」と声をあげてしまうほどの熱を入れることだったのです。

これをのちに自らの著書で「交感神経に活を入れる!」といった表現をしています。

特に、背骨を中心とした背中への「注熱」。
これは、身体に強烈なインパクトを与え脳脊髄神経と自律神経系を揺り動かします。
またその反応から、内臓が疲れているであろうサインや痛みを皮膚表面で的確にとらえ、熱刺激を行ったといいます。
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後に寄せられた言葉の中で

「今まで忘れていた、元気なころの自分を思い出しました」
「まるで雨後のたけのこのようだ」

という言葉はずっと忘れられません。

三井温熱は今も、皆さまの笑顔に支えられています。


協会の理念

五輪の輪

超高齢化社会を迎え、自分の健康は自分で責任を持つことが要求される時代になりました。

 

私たちは、心身一如の美と健康を体現すべく、 『熱・食・心・動・環境』という5つキーワードを大きな柱として捉え、自然界のすべてに備わっている自己回復能力を高めるための活動を通じて、広く三井温熱療法を普及し、世界中の人々に健康であることの喜びを知っていただくことを目指します。

 

組織図

三井温熱療法協会組織図

 

※平成24年6月現在

 

理事会理事構成

  • 設立時理事 髙木 幸江
  • 設立時理事 瀧田 裕子
  • 設立時理事 大舘 勝利
  • 設立時理事 永井 浩二
  • 設立時代表理事 髙木 幸江
  • 設立時監事 吉野 治一
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